清水焼・京焼 夕庵
茶道具、抹茶碗、酒器、鳥獣戯画、粉引、青磁、赤絵の器を販売中
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清水焼・京焼 夕庵 ブログ

夕庵創業理念
清水焼を販売しています
清水焼とは、京都の焼き物の名称の一つ。京焼という大きなカテゴリーの中に清水焼や御室焼や粟田焼があるのです。
しかし清水焼以外の焼き物は途絶えたり、没落したりして、今日の京焼=清水焼のイメージが出来上がりました。
清水焼(きよみずやき)は、京都の伝統文化です。
仁清・乾山の時代から今日に至るまで京都の長い歴史に培われ、焼き物の技術の粋を集めた日本の文化を代表する伝統工芸です。
京都の優れた職人の高度な技術と、手作りの心があればこそ、多くの人々に長年愛用されてきました。
清水焼の特徴の一つは、土練りから成形、絵付け、窯焚きまで全てのプロセスを頑なまでに熟練の陶工の手仕事で行われていることです。もう一つは京都という文化の中心地的立場から雅な絵付けと薄作りをもって良しとして、繊細に作りこまれている点です。
優雅な意匠美と技術力は他の産地の焼き物の追随を許しません。
長く愛されてきた、清水焼の歴史
中世の京都は日本の中心地として全国の焼き物が流入する巨大な市場でした。そして桃山時代に入ると茶の湯の流行とともに千利休が長次郎に楽焼を洛中に作らせました。これがはっきり文献に残る京焼の最初です。
更に江戸時代に入ると寺院を中心にして小規模な窯が築かれるようになり茶人や各地の寺へ献上されるところとなりました。
17世紀の後半には 仁清や乾山といった不世出の名工が現れ 京焼・清水焼の地位を不動のものとして今日まで至ります。
※仁清・乾山の時代とは何年?
仁清(本名は 野々村清右衛門 という。仁和寺門前 御室窯の窯頭。生没年不詳。1647年から1694年まで作陶。最盛期は1673年〜1681年)
非常に薄作りで独特の洒落た意匠、色絵の導入など 京焼の大成者。贋作が多い。
乾山(尾形 乾山 1663年から1743年 兄は絵師 尾形光琳 祖父母は 本阿弥光悦の姉仁清とであって 陶法を学ぶ。1700年頃より光琳との合作開始。
四角や六角の皿を白化粧で覆い、見込みに兄 光琳が鉄絵で人物・山水を描き、乾山が得意の書を施す。
しかし近年バブル崩壊後の不況は、京都の伝統産業界に大きな影響をあたえています。
長引く不況によるリストラ・安価な大量生産品の流入による低価格化、そして深刻な後継者不足。
業界の抱える構造的不況から職人さんや窯屋さんの数も激減しており、熟練の心と技の伝承が途絶えようとしています。
この悪循環が清水焼の技術の低下を招き、このままでは将来の京都の陶磁器業界は全くダメになってしまうのではないかと大変危惧しております。
実際に京焼らしい磁器の絵付け技術は職人の層の薄さから一昔前のものと比べるとレベルが落ちてるといわれます。
技術は回数を重ねてこそ、レベルが上がります。高級な技能は経験が不足していては使いものになりませんし、その腕をふるう機会がなければ若い弟子や後継者に伝える事ができません。
そんな今だからこそ、わたしたちは、
清水焼の本物の魅力を伝えたい
お客様だけではなく清水焼業界に関係する全ての方が、この夕庵をご覧になられた時に夢や希望を持って頂きたい。
それほどまでの高い水準までお店の魅力を高めて、全ての方に満足して頂きたい。
これが、夕庵の創業理念です。
清水焼は長年使い込めば、味わいが出て、想い出も詰まります。
持っていて生活が楽しくなる道具です。
何百年もの人の知恵が蓄積された工芸品のすばらしさ・美しさがあなたの生活を豊かにする事をお約束します。